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弁護士の山本です。
恐れながらもなんとか最上階に這い上がった自分は、
下層階とは違うその開放感に目を張った。
最上階は四角形の部屋が1つあるだけだが、
その部屋の南北には観音開きの扉がしつらえられており、
それが開け放たれて晴天の明るい風が流れ込んでいる。
その扉から人が出入りしていた。
順路だからだ。
扉の向こう側は手すりのある、板敷きの、いわゆる縁側であり、
それが最上階の四方をぐるっと回っている。
その板敷きの上を回れば、犬山城天守からの城下を眺めることができるのだった。
冗談ではないと思った。
天守の内部にいてさえ、床が崩壊するのではないかと気が気でないのに、
屋外の、吹き曝しの、板敷きの高所を歩かされたのではたまったものではない。
卒倒するかもしれない。
そうしたら手すりの外に転がり落ちて地面に激突する。
だが、引き返すことなどできない。
人の流れは整然と扉の向こうに連なり、
外周を一周した後に同じ扉から再び最上階の内部に入り、
そこから部屋の内部を一周して下への階段につながっている。
つまり、自分がここで扉の外に出ずに順路を外れたりすると、
それは下への階段に連なる列に割り込むことになるわけである。
そうこうしているうちにあれよあれよと最上階の扉を出てしまった。
犬山城天守は、建物だけを見ると3重の小さな城郭だが、
岡の上に建てられているので、最上階から見下ろすと地面が遠い。
床は木の板で隙間から下の屋根瓦が見える、
当然、みしみし鳴る。
手すりの高さは1メートルもない。
眺望は絶景。
このとき自分は、名古屋城天守を鉄筋コンクリート造りにした技術者の先見の明に脱帽した。
再木造化には断じて反対する。
外周を巡る順路は時計回りだったので、
自分の右手は壁、左手は大空である。
1メートルもない手すりでは、突風でも吹いたときに体を支えることなどできない。
自分は外周を巡る間、絶えず右かがみになって壁に手を当て、
一刻も早くこの苦行から解放されることを願った。
前の人「この川なんて川?」
前の人の連れ「何川だろうね。(スマートフォンをいじりながら)調べてみるね」
自分の心の声「これは木曽川です。そんなことは事前に調べて来て下さい。それより早く前に進んで下さい」
南の扉から出て半周し、北の扉の手前まで来たとき、
自分の心臓は危うく止まりそうになった。
いや、一瞬止まった。
その北の扉から5、6歳くらいの子どもが飛び出してきたのだった。
何をするかと思えば、その子は、
絶景を背にして手すりに手をまわしてもたれかかり、
ニコリと笑ってポーズを決めた。
その視線の先にあるのは、親の向けるカメラ。
当然その間自分の前進は止められ、
いつ崩れるかもしれない板敷の上にとどめ置かれることになる。
自分の心の声「この悪魔!○○○○○○○○○、○○○○○○○○○○、○○○、○○○○○○○。○○○○○、○○○○○。さっき食べた田楽が○○○○○○○○。○○○○○○○○○○○、○○○」
思わず心の中で悪態をついたが、とても公開できないので伏字にしておく。
自分が5、6歳の子どもに対して大人気なくもこのような悪態をつくことに批判のある向きも存在するかもしれない。
しかし、そのとき感じた自分の率直な印象を自ら否定することはできない。
この瞬間自分は今後二度とカメラの前で笑顔など見せないと誓ったのだった。
そして神々に願うことには、
「ああ、今ここで床が崩壊して私が死ぬようなことがあっても、
そして広大無辺な慈悲によって今に至るまで私の生の罪業を仮にお許しいただけるとしても、
自分を天上に引き上げ給うことはだけご容赦ください。
怖くてたまりません。
母なる大地に我が骸を抱かしめ、願わくは末永く地上にとどまらせてください。
そこからあなたを賛美します」
その子がきゃっきゃと言って走り去ってからも、
自分の回廊半周分の試練は続いた。
半周が何時間に思えたことだろうか。
腰が引けながらもなんとか天守から脱出した後は有楽苑に向かいます。
名鉄犬山ホテルの敷地内にある有楽苑。
その有楽苑の中にある茶室「如庵」(じょあん)は信長の実弟で茶人の織田有楽斎が元和4年(西暦1618年)頃に建てた由緒ある茶室です。
有楽苑の中は、犬山城と打って変わって人出も少なく、
しっとりと静かな雰囲気に包まれていました。
ところが池の水に映った人の顔を見て仰天しました。
頬がげっそりとこけて今にも消え入らんとする亡霊のような顔があるではありませんか。
急いで電車に乗って家に帰り、調べてみると、
体重は50キロ台に落ち込み、白髪がどっさりと増えているのです。
これは今でも治っていない。
恐ろしや犬山城。
おわり
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