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おはようございます!
「名古屋の弁護士と愉快な仲間たち」
ちかこーんです。
私は生まれも育ちも神戸です。
阪神大震災のとき、
私はまだ小学生でした。
親族の家は、
半壊、全壊。
祖母とは一向に連絡がとれませんでした。
たまたま祖母の家がTVに映りました。
そこには祖母の家どころか、
高い建物が一軒もありませんでした。
何もない。
その瞬間、
目を真っ赤にして口を押さえて絶句していた母の顔からは血の気がなくなり、
声にならない声と共に、
母はその場に崩れ落ちました。
普段は車で数十分でつく道のりを
10時間以上もかけて行った父が目にしたものは、
ぺっしゃんこになった祖母の家と、
全壊の家にかろうじてできた隙間で救助を待つ祖母の姿でした。
私の住んでいる地域は、
断水こそしましたが、
家具が倒れ色んなものが割れた程度で、
大きな被害はありませんでした。
それでも全国から小学校に、救援物資が届きました。
同じ年代の子たちからの消しゴムやノート。
暗い雰囲気の中、
救援物資と添えてあるお手紙がとっても嬉しかったな。
社会人になり、最初に勤めた職場は、
震災の被害の大きかった地域にありました。
同僚とたわいもない話をしている最中、
「でもその時のものって何もないんだよね。昔のものは全然。」
と言われました。
意味が分からずにいると、
震災で起きた街全体の大火が家にも移り、
着の身着のまま逃げたのだと。
「残ったのは、その時着ていたパジャマだけ。
どうしようもないよね、
ずーっと向こうの隣の区から火の海。
空が真っ赤だったもん」
と。
高速道路がなぎ倒されるほどの震災から24年。
ぐっちゃぐちゃになった神戸の街は、
震災があったことを思わせないほど綺麗に戻っています。
あちこちで起きる自然災害は、
いつ自分たちの身にふりかかってもおかしくないのです。
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名古屋の弁護士と愉快な仲間たち ちかこーん
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